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テロメア短縮、細胞老化・・複合的な理由で老化が加速
そもそも、老化とは何なのか―。
「老化とは、臓器や身体的な機能や認知機能が低下することです。老化が進むと体の中は慢性的に炎症が起きているような状態に。
老化の原因として考えられる9つ要因
1)テロミアの短縮
テロミアとは、細胞の染色体の末端部分のこと。テロミアは細胞分裂をするにつれて短くなっていくので、命の回数券とも呼ばれている。DNAに傷がつくとテロミアの短縮化が進む。
2)エピジェネィックな変化
DNAの傷などの影響で、DNAの配列は変わらずに遺伝子発現の状態が変化して正常に働かなくなること。エピジェネィックな変化が蓄積すると老化が進む。
3)たんぱく質の恒常性(正常な働き)の喪失
酸化ストレスなど外的な刺激によって異常なものを除去する機能(オートファジー)が失われ、不良品のたんぱく質が蓄積する。
4)栄養を取り込む力の低下
生物には体の大きさに合った適切な栄養を摂取するための栄養感知機能が備わっている。DNAの損傷などによってその機能が働かなくなると、過剰に栄養をとったり代謝が低下したりして老化が進む。
5)ミトコンドリアの機能不全
ミトコンドリアは、人間の体のエネルギーの産生工場。DNAの損傷などで細胞が老化すると、ミトコンドリアの機能不全が起こって細胞死(役割を果たせなくなった細胞が自然死し消える現象)が増加し、老化がすすむ。
6)細胞老化
DNA損傷などによって細胞が分裂や成長を停止すること。細胞のガン化を防ぐメリットがあるが、細胞の中に、役に立たない老化細胞がたまり、体の中に役に立たない老化細胞がたまり、体の中の炎症や老化を加速させる。
7)幹細胞の枯渇(こかつ)
幹細胞とは、あらゆる細胞の基になる細胞のこと。DNA損傷、栄養感知の制御不全、細胞老化などによって、幹細胞は分裂する能力を失い枯渇する。これが白髪などの老化現象の原因となり、免疫機能も低下する。
8)細胞間のコミュニケーションの変化
人間の体の中では、様々な細胞が連絡を取り合いながら生命を維持している。DNAの損傷や細胞老化によって細胞間のコミュニケーションが変化すると、DNAの修復が阻害され、組織の機能が低下して老化が加速する。
9)ゲノムの不安定性
私たちの体の細胞にはDNAに傷がついても修復機能が備わっているが、加齢とともに修復の失敗が蓄積し、ゲノム(遺伝情報の総体)が不安定になって老化と病気を招く
そのため、例えば新型コロナウイルス感染症のような病気になると、もともとある炎症がボヤでは済まなくなり大火事になって重症化しやすくなるのです」と説明する。
歩く速度が遅くなり、筋肉や認知機能が低下し、要介護一歩手前の状態である「フレイル」は、まさに老化の典型的な病態だ。
細胞レベルでは、命の回数券とも呼ばれるテロメアの短縮、遺伝子発現の状態の変化(エピジェネティックな変化)や細胞老化など、複合的変化が起こっている。
また、テロメアの短縮、DNAに傷がつくなどのゲノム(遺伝情報の総体)の不安定性が起こると「エピジェネティックな変化」や「細胞老化」もさらに進むといった具合に、それぞれの原因が影響し合ってドミニ倒しのように老化が加速していくと考えられている。
細胞の中で、これら様々な変化が起こることで、「目が見えにくくなる」「耳が遠くなる」「忘れっぽくなる」といった老化の自覚症状が生じる。
40から50歳以降に多くの人が自覚するような変化は「生理的老化」(老化現象)と呼ばれ、さらに進むと、がんや心臓病、腎不全などの加齢性疾患やけがによる「病的老化」の相互に関わって、命の長さや健康寿命に影響を与えている。
ただし、細胞レベルでの老化は、生理的老化よりも前から進んでいる可能性がある。
4000人以上の男女の血漿(けっしょう)中のたんぱく質約300種類を解析した研究では、34歳のときに老化に関わるたんぱく質が多くなるピークがあることが判明した。
このあたりが、多くの人にとって老化が加速する最初のポイントではないかという見方があるのだ。
どうやら細胞レベルの老化は、私たちが老化現象を自覚するより前から進んでいるようだ。
遺伝子の変化をリセットし「若返り」を図る研究も
老化の正体が徐々に明らかになってきたことで世界の研究者の注目を集めているのが、いつまでも若々しい心と体を維持し、健康寿命をいかに延ばすかという「抗老化研究」だ。
抗老化研究は「エピジェネティックな変化」「ミトコンドリアの機能不全」「細胞老化」といった原因別に、老化の進行を遅らせたり時計の針を巻き戻したりして「若返り」を図ろうとするアポローチだ。
中でも、人間にも応用可能な抗老化研究として「エピジェネティックな変化」をリセットして細胞の若返り図る方法だ。
エピジェネティックな変化とは、DNAの傷などの影響で、DNAの配列は変わらずに遺伝子発現の状態が変化するこという。
心臓や、肝臓などすべての細胞が持つDNA配列は同じだが、違う機能を持つのは、エピジェネティックな制御によって遺伝子を使い分けているためだ。
「エピジェネティックな変化が起きると、「中に入っている物は若いときと同じでも、雑然として物を取り出せず機能しなくなっている押し入れ」のような状態になります。
エピジェネティックな変化をリセットして、若い頃と同じように機能するようになると考えられます」実際に、マウスの細胞の「若返り」によって視力を回復させることに成功した研究もある。ハーバード大学のシンクレア教授の研究だ。
老化マウスの目の網膜神経細胞で、細胞の初期化を促す山中因子と呼ばれるものを入れると、老化して変化していたエピジェネティックな情報がリセットされた状態になり、山中因子とは京都大学ips細胞研究所所長の山中信弥教授が細胞の初期化を誘導する働きあることを見いだした遺伝子のことだ。
まだマウスでの実験の段階だが、視神経の細胞でこの遺伝子が働くようにすると、「老化して物が取り出せなくなっていた押し入れ」がリセットされて方付き、若いときと同じように機能するようになったわけだ。
また、もう一つ、国内外の抗老化研究者の注目を集めているのが、「細胞老化」に関する研究。
これは、老化して本来の機能を失い臓器の機能低下の要因となる老化した細胞を、除去するワクチンを開発しょうというものだ。
この老化した細胞は、役に立たなくなっているのに細胞死(役割を果たせなくなった細胞が自然死し消える現象)もせずに炎症を引き起こし、組織の機能を低下させるため「ゾンビ細胞」と呼ばれる。
このゾンビ細胞を取り除く方法として臨床試験の段階まで米国の研究グループが進める。
抗がん剤ダサニブと、たまねぎなどにも含まれるポリフェノールのケルセチンを組み合わせた老化細胞除去薬だ。
このほか、糖尿病治療薬のメトホルミンも、老化細胞除去薬の候補の一つとされている。
さて、人は何歳まで生きられるか。健康寿命だけでなく命の期限である最大寿命まで、サイエンスの伸ばすことはできるのか。
これまでの公式記録では、フランス生まれの女性、故ジャンヌ・カルマンさんの122歳が世界最長老で、人類が生きられるのは120歳程度とされている。
「それこそ、山中因子、あるいは、特定の遺伝子を改良するゲノム編集をすれば、現代の技術で最大寿命150歳くらいに延ばすことは可能かもしれません。
しかし、論理的にそれが許されるどうかは、社会的な議論が必要です。
まずは日本では、女性で約12年、男性9年の差がある健康寿命と最大寿命の差を縮め、シンクレア教授が言うように、120歳まで元気に人生を全うすることに、抗老化研究の成果を応用すべきです」(早野さん)
山中因子による視神経の若返りや老化ワクチンなどは、まだマウスを使った研究の段階、老化細胞除去薬の一部は臨床試験が始まっているが、老化の治療につかえるかは未知数だ。