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ガン抑制遺伝子はガン細胞を自殺に追い込む
このガン抑制遺伝子の働きは重要です。すでにおわかりのように、文字通り細胞のガン化を抑制する遺伝子だからです。そのガン抑制遺伝子のメカニズムは
大ざっぱいって二つに整理することができます。
一つは、ガン化した細胞を自殺に追い込む働きです。これは、細胞がガン化したときには自殺するように命令する自爆装置のようなものと理解すればよいでしょう。
もう一つは、ガン化してしまった細胞を、体内の異物だと知らせるサインを出す働きです。ガン細胞は、元々が体の正常細胞が変化したものであるため、体の異物をチェックして撃退する免疫機能からは認識されにくい存在です。
つまり内乱分子であるがため、免疫という防衛機構の目にとまりにくく、免疫の網の目を逃れて増殖してしまいがちだということです。
ガン抑制遺伝子は、そんな“事故”を防ぐために、ガン化した細胞が増殖する以前に、それが異常細胞であること、体にとって不都合きわまりない異物であることをアピールする働きをしているのです。
ちなみに最新の研究では、ガン原遺伝子およびガン抑制遺伝子は、人間の場合、あわせて100種類以上あるだろうと推定されています。
人間の細胞が持つ遺伝子(遺伝子情報)総数は、一説によればⅠ0万ほどだとされていますから、ガン原遺伝子として、またガン抑制遺伝子として発がんに関与する遺伝子は、遺伝子全体の0、1%程度ということになります。
遺伝子の狂いが病気を引き起こしている
ガン原遺伝子やガン抑制遺伝子を刺激してガンを引き起こすのがガン・ウイルスだけではないことは、すでにご存知のとおりです。とはいえ、ガン・ウイルスの発見から遺伝子とガンの関係からも明らかになったことからもわかるように、ガン・ウイルスの研究を深めることが、人間の健康を守る対ガン戦争にあって、重要な戦略の一つであることはたしかでしょう。
これまでの研究でも、人間のガンの原因となるウイルスとして、すでに数種類のウイルスが明らかになっています。
まずはヒト・パピローマ・ウイルスと名づけられたウこれまでに、イルスです。子宮頸がんの90%は、このウイルスによるガン原遺伝子の活性化が原因だと推測されています。
次に肝炎ウイルスです。肝炎ウイルスは、À型、B型、Ⅽ型ほか、いくつかの種類が確認されていますが、どの型のウイルスに感染したとしても、必ずガンになるというわけではありません。たいていの場合は急性、または慢性の肝炎を引き起こしはしながらも快方に向かいます。
しかし慢性肝炎が快方に向かわないまま、最終的に肝ガンにまで進行してしまう場合があるという意味で、ガン・ウイルスの一つとして考えるべきでしょう。
白血病の一種である成人T細胞白血病を引き起こすウイルスもあります。この成人T細胞白血病ウイルスは、エイズ・ウイルスに非常に似た構造を持つウイルスで、このグループのウイルス”レトロ・ウイルス”と呼ばれています。レトロ・ウイルスとして分類される中には、人間の膀胱ガンを引き起こすウイルスもありました。
レトロ・ウイルスの「レトロ」とは「逆に」という意味があります。通常のDNA遺伝子の鋳型(いがた)でRNAが合成されますが、このウイルスが感染した細胞の中では、ウイルスの持つRNA遺伝子を鋳型としてDNAが合成され、このDNAが宿主細胞の遺伝子DNA中に取り込まれることから、宿主細胞の異常がはじまるのです。
このあたりのメカニズムを、ごく簡単に説明しておくことにしましょう。
ウイルスによって引き起こされた膀胱ガンの培養細胞から抽出されたDNAには、H-rasと名付けられたガン原遺伝子がありました。ras遺伝子は、人間の正常な遺伝子の中にもあります。
しかし、H-rasと、正常なrasとの間には、構造上きわめて微細でありながらも驚くべき違いがあることがあきらかになったのです。
遺伝子に記された遺伝子情報とは、たった四つの記号の配列でしかありません。たとえるなら、たった四つのアルファベットを様々に並べることで、生命活動のすべてを司る情報を記憶しているということです。
H-rasと正常なrasとの違いは、その四つのアルファベットの並びのうちのたった一文字だけのちがいでした。遺伝子がタンパク質を作る命令に狂いが生じ、その狂いが正常細胞を膀胱ガンの細胞へと変異させていたのです。
知っておいていただきたいのは、遺伝子とはそれほどに微妙にして精緻(せいち)なものだということです。生命活動のすべてを司る、それこそ数え切れないほどの情報は、ほんの一部の変化によっても狂わされてしまいます。
その結果として引き起こされる病気はガンばかりではありません。エイズもそうです。糖尿病やアトピーに代表されるアレルギー疾患、あるいは高血圧やボケなども、その根底には遺伝子に生じた狂いがあることがわかってきました。
ガン細胞の特徴は異常増殖・浸潤(しんじゅん)非組織化・未分化
ガンにまつわる遺伝子研究をめぐって、これ以上に専門的な領域に踏み込むのはやめておきましょう。ここでは、ウイルスや発ガン物質の刺激によって、たった四つのアルファベットで記された遺伝情報のごく一部に生じた異常が、細胞のガン化を引き起こすという事実を知っておくだけで十分でしょう。
次にあげるガン細胞の四つの特徴はすべて、遺伝子のほんのささいな異常、遺伝情報のごく一部の異常によって引き起こされるのです。
ガン細胞の特徴の一番目は、その異常な増殖力です。前にたとえ話で述べたように、正常細胞は、周囲の都合を無視して無暗に分裂することはありません。正常なルールにしたがっているために、そんなことはできないのです。自分が分裂するべき限界をわきまえていて、その限界に達すれば増殖を中止します。遺伝子が、別の種類の細胞に接したときには細胞分裂を自動的にストップするように命じるからです。
しかしガン細胞は、正常細胞の領域をおかすことを厭いません。周囲の都合などまったくおかまいなしに、無目的かつ忘若無人に分裂を重ねます。
第二の特徴は、浸潤(しんじゅん)です。他の細胞の領域をおかして分裂増殖を重ね、腫瘍という塊を作り上げてしまいます。こうして浸潤された正常細胞の組織は、その機能を低下します。
特徴の三番目は、組織化されないということです。正常細胞は、同じ種類の細胞同士で結合し、組織化されます。しかしガン細胞は、一つの塊として増殖しながらも、互いは無関係です。簡単にバラバラになり、血管やリンパ管を通じて体のあちらこちらに移動し、他の部分や組織に転移して再び増殖します。
四番目の特徴として、分化しないということがあります。正常細胞は、体の組織としての役目を担うために、それぞれの機能を獲得します。これが分化です。しかしガン細胞は、何の役にも立ちません。決して組織として働く機能を獲得することはありません。
重複しますが、正常細胞のにあっては、増殖の限界、浸潤しない、転移しない、分化するという働きは、正常な遺伝子の命令によってつくられるタンパク質(酵素)によってコントロールされています。しかし正常な遺伝子の中のガン原遺伝子に狂いを生じたガン細胞では、狂ったガン遺伝子によって、本来のコントロールが破壊されてしまうのです。
遺伝子を健康に保つ
こうして発生するのがガン細胞であり、ガンという疾患の最初の芽です。この上さらにガン抑制遺伝子の異常という事態が加わったとき、ガン細胞はあらゆるコントロールをはずれて、無謀な暴走を開始することになると理解しておけばよいでしょう。
ちなみに、遺伝子の変化や破壊は、ウイルスや発ガン物質などの刺激によってのみ生じるわけではありません。外的要因と無関係な先天的な場合もあります。
たとえば、一つの家系に頻発する家族性の大腸ポリポーシスというガンがあります。
この家系の遺伝子を調べた結果。ガン抑制遺伝子に先天的な欠落があることがわかりました。すなわち、遺伝子面からみても、”ガン家系“が存在することが明らかになったのです。
ただし注意しなければなりません。たとえガン家系であろうとも、その家系の人が必ずガンになるという意味ではありません。すなわちガンは遺伝病ではないということです。普通よりもガンの発症を許してしまう遺伝子を持っているとしても、だからといって実際にガンになるか否かは、その個人の生活と健康管理によってきわめて大きな影響をうけるという重要な事実を忘れてはいけません。
仮にガン抑制遺伝子の一部に何らかの欠落があったとしても、ガン原遺伝子が活性化されてガン遺伝子とならない限り、ガンを発症することはないのです。
英国のドールという人は、発がんの原因の35%は食生活にあり、30%はタバコにあり、10%はウイルスにあるとしています。
この見解は、専門家におよそ共通していると思ってよいでしょう。こうしたガンの原因となるリスク因子を可能な限り避けた上で、さらに”遺伝子の健康“をできるだけ保つ努力をするなら、ガンの危険は遠ざけることができるということです。
遺伝子は、たとえ傷ついたとしても、分裂の過程で修復する力を持っています。その修復力を高めることも考えるべきでしょう。あるいは免疫力を高めるならば、誰の体の中でも常に発生しているガン細胞を、より有効に排除することができます。
さらに、すでに前にもお話ししたように、高核酸食によってガン細胞を兵糧攻めにするという手段もあります。
良質の核酸を積極的に摂取する高核酸食とは、遺伝子を守り、修復力を高め、免疫力を高めることを含め、ガン予防と治療のすべての場面で大きな意味を持っています。
小さな遺伝子の大きな役割
ガンという病気が、いずれにしても遺伝子に生じる異常にはじまることはおわかりいただけたと思います。それではなぜ核酸がガンに効くのでしょう。遺伝子の健康を保つ上で、核酸はどんな働きをしているのでしょう。
この点の理解をさらに深めるには、もう少し回り道する必要があるかもしれません。そもそも遺伝子とは何なのか、核酸とは何なのかという側面を整理しておくことにしましょう。
まずは、遺伝子についての復習からはじめることにしましょう。遺伝子。学校で習ったこと、ほとんど覚えていないとしても、仕方がありません。遺伝子とガン、遺伝子と健康が、これほど密接にかかわっていることは教えられなかったのですから。
遺伝子のことをちゃんと勉強しておけば、あるいはガンやその他の恐ろしい病気になる危険を遠ざけられるなどとは、最近まで学校の先生すらほとんど知らなかったことです。
あなたは血縁者である親や兄弟に似た姿・形・体質を与えられていますね。常識として当然のこと、似ていることにいちいち不思議を感じる人は少ないはずです、でもちょっとだけ考えてみてください、どうして似ているのでしょう。
遺伝子のおかげです。そんなことは常識でしょうけど、目にもみえない小さな遺伝子、それもあなたという生命のはじまりであるたった一つの受精卵の中に一対の遺伝子が、いったいどうして、親や兄弟に似たあなたを作り上げることできたのでしょう。
もっと不思議なことがあります。あなたの体は、誰に教えられたのでもなく、ましてあなた自身が考えてコントロールするわけでもないのに、生まれて、育ち、遊び、学び、成熟し、さらには老化し、最後に死へ至るという道をちゃんと歩んでいます。病気になれば自ら治そうとするし、小さなケガなら放っておいても治します。年頃のなれば異性を求めるし、子どもを産み育てようともします。ちゃんと必要なだけ食べるし、排泄もします。疲れれば眠りもします。これらすべても、遺伝子の命令にしたがっている結果なのです。
遺伝。本当に不思議なことです。目にもみえない遺伝子が、なぜこんなにも多くの、しかも精緻巧妙な作業を命ずることができるのでしょう。
この不思議に、本格的なメスを最初にいれたのがメンデルでした。学校で習った、あの“メンデルの法則”のメンデル、オーストリアの僧侶で植物学者だったジョージ・J・メンデルです。
ご存知のように、彼は植物の世代交代の中に遺伝の不思議さを研究し、遺伝現象の規則性を明らかにした。
残念なことに彼は業績を認められないまま世を去りましたが、しかし後のその業績が認められたところから、生物の中に存在する何らかの物質、遺伝を支配する遺伝子の存在に研究の光を当てる道が開かれたのです。